ペルー4日目です。今日は移動日で高地のクスコまで1時間半のフライトです。 本日も快晴! 窓からはアンデス山脈の山頂に残雪が見られます。 アンデス山岳地帯を飛行すると間もなくクスコのアステテ空港に近づきます。 天候が悪いと飛ばないとの事前情報を聞いていましたが、理解できました。 クスコは、すり鉢状の街並みが窓から迫っているように見えます。窓から建物のベランダに人も見えます。 高地の為、雲が出ている状態では厳しいかも・・・ 今日は、メーデー! クスコの軍隊がパレードでバスの車窓横を行進しています。 路地裏の街並みは、インカ帝国の首都だった面影があちこちに見受けられます。
クスコの観光に移動していくと民族衣装に着飾った現地の住民がチップを求めて観光客の 気を引こうとしていますが、呼び掛けられるまで退屈そうに座り込んでいるだけです。 小銭を稼ぐのにもセンスが試されます。雑談して座り込んでいるだけでは、見向きもされません。 インカ帝国の首都だったクスコの市街は、世界遺産に登録されています。 インカの精巧な石組みの12角の石やアルマス広場周辺のカテドラルやヘスス教会など 日本とは比べ物にならない時を経て、インカの時代に建造された建物も残るこの地で 現在まで殆ど進化していない様な人々には驚かされます。
そろそろ昼食の時間です。 今日のお食事のレストランは、カレデルメディオです。 飲み物の注文が揃うとキヌアのスープに鶏肉の揚げ物のメニューが並びます。 デザートは、カットフルーツポンチです。 高地での高山病予防にコカ茶が出されます。 コカの葉(コカイン)は、日本に持ち帰ると逮捕されるのでお持ち帰りはできません。 お茶として飲んでみましたが、常習性があるようには感じませんでした。 テラスからはアルマス広場を一望できます。パチャクティー皇帝の像と噴水、カテドラルが正面に見えます。
レストランを離れバス停まで移動しながら市街の観光は続きます。 大きな荷物は、クスコのホテルに預けて一泊分の着替えとマチュピチュ観光の 荷物のみを持参して一路バスは、オリャンタイタンポへ向かいます。 途中クスコの市街を見下ろす最高地点(3683m)を通過します。 途中、山あいのウルバンバという村を通り過ぎ2時間程でインカ鉄道の駅があるオリャンタイタンポに向かいます。
インカレイルの駅オリャンタイタンポでは、マチュピチュに向かう観光客で混雑しています。 ここで出発間際にトイレに行きたくて駅構内のトイレで用を済ませ現地ガイドの指示で待っていると ナスカの空港で会った2人組の彼女達とすれ違いました。 この時は、マチュピチュでまた会うからいいやと名前も確認せずに手を振り合いましたが、 この後、再び遭遇することはありませんでした。”ねえ彼女〜あなたの名前、なんていうの〜〜” 車両は、テレビで見た青い車両ではなく地味な感じの車両です。飛行機で言えばビジネスクラスの車両だそうです。 列車は、河沿いの線路をマチュピチュ村まで進みます。 山あいを抜け横揺れが少なくなると車内では読めないメニューを提示され、軽いスナックと飲み物が振舞われます。 列車に揺られること1時間30分程でマチュピチュ村に到着しましたが、 現地はもう夜となり露店では、ちらほらと片付けが始まっています。 マチュピチュ村の駅からホテルまでは10分程歩いて移動していきます。
ホテルに到着し明日の朝の身支度までの説明が暗闇の通路で行われます。 途中で具合の悪くなった方も居たりで、いよいよ各自部屋に移動し荷物を部屋まで運ぶと問題が発生しました。 先程まで説明をメモしていた妻が、部屋に入るなり突然ベットにうずくまりギブアップ宣言をしました。 どうやら車両内で出された飲み物(マンゴージュース)に当たった様です。※ちなみに私はマテ茶でした。 ディナーを断念した妻を置いて一人、他のメンバーの待つレストランに移動しテーブルでディナーを食べました。 現地ビール、クスカーナを飲み肉料理ロモ・サルタードを食べ終わると妻への紅茶をテイクアウトし部屋へと運びます。 妻の体調も幾分回復した様で、二人で夜の街を少しだけ散策してホテルに戻りました。 しかし、悲劇はここから始まります。 深夜の3時を過ぎる頃、私のお腹に激痛が走ります。 トイレに行くと下痢の急降下が始まりトイレの汚れを掃除し就寝します。悪寒により体が震えるなか何度も起床して 夜明けを迎えます。どうやら妻は胃腸炎だったようで私も同様に感染してしまった様です。
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